鍼する左手 灸する右手
中堅鍼灸師のマツハリ先生と健康マニア宇宙人のキュウタロウ君のドタバタ鍼灸問答です
わかりそうでわからない、鍼灸の世界を垣間見てみましょう!
#22 五臓について(脾)
キュウタロウ : 今回は五臓の生理の続き、脾についてお話してくださいな。
マツハリ先生 : 脾は五行でいうところの土が配当されている。これはわかるよね?
キュウタロウ : うん。五行のところで教えてもらったからね。
マツハリ先生 : 脾に関する話はたくさんあるからよく覚えておいてね。
キュウタロウ : わかった。
マツハリ先生 : 働きっていうのは機能のことだから、陰陽でいうと陽。物質っていうのは陰陽でいう陰ってことはわかる?
キュウタロウ : わかるわかる。それは陰陽論で聞いたよ。機能は陽。物質は陰。
マツハリ先生 : 陽の働きっていうのは肝の働き、心の働き、肺の働き、腎の働きがあるよね。これら働きは物質の上に成り立っている。
キュウタロウ : その物質っていうのは、もしかして肉体のこと?
マツハリ先生 : そう。だから、土の働きは「働き」であると同時に「器」の役目なわけさ。陰陽の両方の役割がある。その陰陽の調和がとれているからこそ人体にとっては土台になるわけなんだよ。
キュウタロウ : 脾は土台になるのか。
マツハリ先生 : 脾っていうのは消化器系なんだけどさ、その消化器系がしっかりしていなければ気血が順調に運行しないわけさ。脾っていうのは「後天の元気」をつかさどっていて、生後の生命力を左右するのは脾の力なんだよ。後天の元気は飲食物によって養われているんだ。
キュウタロウ : 似た言葉を聞いたことあるんだけど。
マツハリ先生 : それは「先天の元気」じゃないかな。先天の元気は父母から授かった生命力ってことで腎がつかさどっているとされているんだよ。
キュウタロウ : その二つがあるのか。違いを覚えておかなきゃ。
マツハリ先生 : 脾っていうのは消化器系の働き。その消化器系っていうのは飲食を消化、吸収、貯留、配分することさ。一言で言えば脾は五臓系統の栄養源をコントロールしているってことだね。
キュウタロウ : ねぇねぇ、胃がときどきポコンポコンって音がするのは何?
マツハリ先生 : 胃の吸収作用が悪い証拠で胃下垂の人によくみられる現象だね。
キュウタロウ : そっか。それじゃあまり脾がいい状態じゃないってことなんだね。
マツハリ先生 : そうだね。五臓のバランスを調整する必要があるよね。
キュウタロウ : そういうのってパッと見じゃわからないの?
マツハリ先生 : 脾の強い人は顔面の鼻も大きく意気も盛んだね。意気っていうのは意気揚々って言う言葉で使うけど意気は胃気って言葉と同じと考えていいんだよ。
キュウタロウ : 人相にも出てくるのか。
マツハリ先生 : 脾と胃は「倉廩(そうりん)の官」って言われているんだ。これは食料を入れておく倉のことだね。
キュウタロウ : とにかく、脾は人体でも食べ物が関係するってことだね。
マツハリ先生 : また脾胃は「四肢の根」と言うんだ。手足がだるくなるのは脾、胃機能の低下した証拠なんだよ。
キュウタロウ : そんなことあるの???
マツハリ先生 : 消化吸収にエネルギーが必要だとするでしょ?それはたくさんの気血を使う必要がある。本来は手足にある気血がお腹に集まってしまうんだ。
キュウタロウ : 手足の気血がお腹に集まっちゃったら手足が動きにくいのも無理ないね。
マツハリ先生 : そういう意味では脾や胃の働きの元となる飲食生活を正すことが何よりも大切であることを理解する必要があるのさ。
キュウタロウ : 食生活はみんなわかっていても不規則になっちゃうよね。
マツハリ先生 : 食生活っていうのは、食べる時間のことだけじゃないよ。質・量・時間っていう三原則があるんだ。個人の体質・体力・消費量・年齢などの条件をふまえたうえで適切、不適切かが脾胃を健康に保てるかが決まるのさ。
キュウタロウ : ねぇねぇ、そもそも脾が悪い人は胃腸が悪いってことでしょ?だったら何でもかんでも胃腸薬飲んでおけばOKじゃないのかな?
マツハリ先生 : 残念ながらそうとは限らないんだよ。胃腸が弱っても心臓が弱ければ心臓に、肝臓が弱ければ肝臓に。体の欠点、弱点に影響がでることがあるから注意が必要なんだ。
キュウタロウ : そうなのか。そんなに簡単にわかるわけじゃないのかっ。。。
マツハリ先生 : こういう話もあるよ。「目が心の窓であるならば口唇は消化器の門であって脾胃の華である。」って。
キュウタロウ : どういうこと???
マツハリ先生 : 脾の不調さは口唇に出るってことさ。口内炎とか口角炎っていうのは脾胃の改善が必要というサインなんだよ。
キュウタロウ : ほかにもヒントないの?ほら、この前教えてもらった四診法とかで使えそうなヤツ
マツハリ先生 : そうだなぁ。例えば問診で確認するといいよ。咽喉まで乾くのは「腎」、口だけかわくのが「脾」だよ。
キュウタロウ : 鍼灸師さんはこういう情報を片っ端から覚えているんだろうな。大変だな~。
マツハリ先生 : 最後に大切な言葉と原理を知ってほしいんだ。いいかい、「一剋なくして一生なし」。これはある物質を殺滅することによってわれわれの生命を得るってことさ。
キュウタロウ : すごい深い言葉だね。
マツハリ先生 : 何のために殺滅が行われるかというえば、それは新しい生命を得るためなんだよ。これは一種の変化の作用なんだ。
キュウタロウ : 陰陽消長って陰陽論のときに聞いた言葉を思い出した。
マツハリ先生 : そう。変化といってしまうとあっけないかもしれないけど、命をつなげるということは、そういうことなのさ。
キュウタロウ : 脾は消化器系。消化することは変化すること。変化するっていうのは、陰陽の基本なんだよね。
マツハリ先生 : そうさ。そこまで広げて考えることができればすごいことだよ。広げて考えることを敷衍(ふえん)って言うんだけどね。敷衍する力は鍼灸師の能力でもあるんだよ。
キュウタロウ : 他にも脾の特徴ってないの?
マツハリ先生 : そうだな、例えば涎(よだれ)は脾の特徴だね。胃腸が活発なら涎が出るんだよ。
キュウタロウ : 僕は美味しそうな物を見ると、しょっちゅう涎がでちゃう。
マツハリ先生 : 消化器系が丈夫な証拠だね。でもね、いくら丈夫だからって無理してちゃ、いつかダメになっちゃうから注意するんだよ。
キュウタロウ : は~い。
マツハリ先生 : 他にはね、例えば、そうだな、口だけが乾くのは脾の変動だね。脾が虚か実かどっちかに振れていて正常じゃないんだ。それとは違って咽喉まで乾くのは腎の変動。
キュウタロウ : そうなんだ。
マツハリ先生 : あとは、心理的に思いつめたり、憂慮する働きを持っているんだよ。
キュウタロウ : そんな心理になるの?
マツハリ先生 : 脾は陰陽の両気を持っていてるんだ。脾が強く働くと動的な陽の心を、陰の沈静のほうに引き止めようとする。またその反対に陰の沈静している心を陽動させようとして陰陽折衷のところで思いを往来させて思慮してしまうんだ。
キュウタロウ : 陰陽で調和っていうんじゃなくて、陰と陽でウロウロしちゃうんだね。
マツハリ先生 : そうなんだよ。恋をすると食欲不振になるのも、思慮と脾の関係なんだよ。
キュウタロウ : そっかぁ~。僕も食欲なくなっちゃうことあるのかなぁ~。
マツハリ先生 : 大丈夫。たぶん、それないから。
キュウタロウ : そんなこと言わないでよ~。
マツハリ先生 : キュウタロウ君、気をつけなよ。疾患のほとんどは甘味の過剰摂取から起こるとされているんだ。体内において多少の糖質でも過剰にとるとその分だけ内臓筋が弛緩してしまう。そして胃腸の消化が減少してしまう。それが肝疾患だったりアレルギーなんだ。毎食重なるほど重症化するんだよ。
キュウタロウ : 食べ物か。特に甘い物がよくない原因なんだね?
マツハリ先生 : そう。一般的に過食が毒になるけど、甘い物は特に過食すると脾に影響するからダメなんだ。
キュウタロウ : 「甘い物は疲れを取る」って言うんじゃないの?
マツハリ先生 : 違うんだな~。甘い物は精神疲労を取るんだよ。肉体疲労の時に甘いものを食べると、さっきの説明のとおり筋肉が緩んでしまうからだるくなるんだよ。
キュウタロウ : えっ、知らなかった。そうなの?
マツハリ先生 : お百姓さんは、休憩のときにお茶飲むでしょ?その時にお饅頭とかモナカは食べないと思うけどな。お年寄りだってお茶うけは漬物とかがあるのは知らないかな?
キュウタロウ : あっ、ご近所のおばあちゃんはお漬物あった。
マツハリ先生 : お年賀のご挨拶とかでお菓子をお土産にするよね。緊張するときは、甘いもの、そして口は消化器系だから、それらを動かすと陰陽がウロウロしなくなるんだよ。
キュウタロウ : そうかー。憂慮しなくなるわけか。
マツハリ先生 : そう。緊張するなら、少し甘いもので口を動かすといいんだよ。
キュウタロウ : よし。これでいつでもデートができるぞ~
マツハリ先生 : そうそう。ワクワクする人生は素晴らしいよね。素敵なデートができる日が来るといいね。
第22話を終えて
人類にとって絶えず栄養を摂れるようになった現代は理想郷なのでしょうか。
栄養素の代表である甘い味覚。この甘味が多すぎて栄養のバランスを崩し、生活習慣病やアレルギー疾患などの遠因になっていると考えるフシもあります。
現代医学では脳や遺伝子を研究対象として重視していますが、東洋医学では五臓六腑を基本と考えています。なかでも気血は飲食物によってのみ作ることができると考えています。つまり、飲食物を安定させることが体調を安定させる基本なのです。
また食べ物の質や量だけではなく、食べ方や食べるタイミング、食べるときの心理状態などしっかりした消化吸収に至るまでにはさまざまな要因が影響すると考えます。
「何が一番大事なのか?」ではなく関連するものは一通り大事なことばかり。
ですから、ちょっとしたことから確認と改善を繰り返していくしかありません。食は大切。胃腸は大切。便通は大切。歯も大切。何が一番大事か?ではなく、それぞれ大切なことばかりです。一発逆転ではなく、全体の調和を目指したところに心と体の調和、つまり健康が維持されるのかもしれません。
マツモト コウイチ
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