イエスバット法の核心

 

営業トークの研修や話し方講座でイエスバット法(Yes,But)というものがあります。

今回はイエスバット法の使用法とその核心をお伝えしようと思います。ぜひ活用していただければと思います。

 

イエスバット法

 

イエスバット法はコミュニケーションスキルのひとつです。相手との会話(応答)において、こちらの意に反する受け答えがあったとします。

相手の反論をいきなり否定するのではなく、一応は「言うことはごもっともです」と同調して(これがYes)、次に実は「こういう理由があります」(つぎにBut(しかし…)と続ける)反論する材料を提供する話し方のことをいいます。

たとえば私が傘を売っている店員だとしましょう。

私「こちらの傘はいかがですか?」

客「いい傘だけど高いなぁ」

私「そうですね。少しお高いかもしれませんね。ただ傘はそう何回も買い替えるものでもないですし10年持っていると思えばそう変わらないと思いますけれど…」

客「そうだなぁ。せっかくだから良いものにしておくか…」

と、このように必ずなるとは限りませんが、相手のネガティブ要素を一旦引き受けて他の提案をするのが一般に伝えられているイエスバット法です。

 

ちょっとの違いが大違い

 

イエスバット法をご存知の方も多いと思いますし、初耳の方は早速使ってみたいと思ったに違いありません。

この投稿のタイトルは「イエスバット法の核心」です。核心に気づかないまま勉強になったなどと思わないでください。もったいないですから。

イエスバット法は比較的知られている手法です。だからこそ単純化され誤解されている節が多く見受けられます。その誤解で一番多いのは実は前段階の傘を売る売買でもやっているのですが反論を自分でしている点です。

基本的に反論をこちら側からしてはダメなのです。反論の材料を提供して翻意(決めたことを変える)するように熟慮してもらうのです。これが本当の意味でのイエスバット法です。

単にサラッと理解したつもりでいると

「ええそうです、そう思いますよね、ただ…」

「みんなそう言うんですよ、でもね…」

これらは形式ではイエスバット法に見えます。それでも違います。

違う視点で再度考え直してもらうのです。その情報を支援しましょう。

 

価値観はひとつではない

 

ちょっと話しは脱線しますが理解してほしいことがあります。

男女が恋愛関係にあり止むに止まれぬ事情があって来世(あの世?)で一緒になろうと揃って命を絶つことを「心中(しんじゅう)」と言います。もちろん社会的には好ましくありませんし、道徳的にも良からぬことです。身近であったら多くの人が傷つくできごとでしょう。

ただその出来事であっても文学的には全否定できる事でしょうか?芸術や文学では見方によっては美談になってしまう場合もあります。

つまり、価値観はいろいろあって尺度もいろいろあるわけです。それら多様な見方を理解して自在に提案できるようになりたいものです。

そういえばフェイクレザー(合皮・合成皮革)という素材の洋服を販売している人の話を思い出しました。簡単にいうとフェイクレザーは本革の偽物というイメージを持たれている人が多いのですが、その販売員の方は「お手入れが簡単」と言っていました。もちろん本革ではありませんから本革に比べたら勝てるところがこの「お手入れが簡単」なのです。あと「お値段がお手頃」とか次々に提案している点に感心したことを思い出しました。

 

傘を売ってみる

 

もう一度、私が傘を売ってみましょう。

私「こちらの傘はいかがですか?」

客「いい傘だけど高いなぁ」

私「そうですね。これほどの傘はこれくらいの価格がしてしまいますね。急がないのであれば気に入るものが見つかるまで探すのも手だと思いますよ。ぜひ何度も見比べてみてください。」

客「そうだなぁ。よく考えてみよう」

 

と、「この段階では」売れませんでした。…ダメじゃん(笑)

いいえ、この先に興味があれば値段だけではなくきっと気に入ったものを選んでくれるでしょう。もちろん、架空の話です。その後、売れたか否か。みなさんの想像力を発揮する場面でもあります。

 

いきなりプロポーズ!?

 

そこらで会った人に「ずっと好きでした。結婚してください!」と言われて結婚まで至った人が世の中にはどれくらいいるでしょうか?

かなりの確率で拒否されるでしょう。場合によっては警察沙汰ですね。

巷では「※ただしイケメンに限る」なんて脚注がついてしまうかもしれません。

 

成功するパターンを追い求め過ぎ、世の中は物事の結論を急ぐ風潮にありますね。関係性を成熟させるまでもなく「売ればいい」「売れれば勝ち」というのでは逆に一般の消費者が身構えてしまうのも無理がありません。

いろいろな価値観があると言っているのです。相手の考えや価値観を理解せずに、こちらの思惑を押し付けるのは必ず不幸な状況になります。功を焦らないことが大切です。

 

イエスバット法が教えてくれること

 

イエスバット法を単なるテクニックにしてはいけません。いろいろな価値観があるということを提示して気づいてもらう手段のひとつです。

「相手の話にうなずいて、それから反論をしましょう」なんていう薄っぺらいテクニックに陥らないように注意しましょう。

「相手にこうすればこうなる」という見え透いた機械論を人は嫌います。私たちは同じ結論になろうとも千差万別の発想・視点・価値観があります。いくら良いものでも良い評価をされるとは限りませんし、ダメなものでも注目され人気化するものもあるでしょう。

それとは別です。自分が良いものの良い点を理解し、相手に良い点を気づいてもらう。そのために相手の反論・警戒心を理解する度量を持って対応することが大切でしょう。

 

さいごに

 

おそらくイエスバット法はテクニックとして教えやすいし、教えてもらった甲斐があるものでしょう。だからこそ、誤解が多いと思います。

そして、イエスバット法だけではなく相手とのコミュニケーションではさまざまな気づき・学びがあるでしょう。(信頼の醸成には時間が必要とか、自分が良いと思わないものを売るのは良くない等)

その意味ではイエスバット法を切り口にさまざまなコミュニケーションを考えるキッカケになれば良いと思います。おそらく商売が楽しい・ビジネスが素晴らしいという人は金銭面や達成感だけではなく人間の本質に触れ文字通り感謝や感動があるのかもしれません。

私が言うイエスバット法の核心というのは、そのように気づき・学びという広がりのことです。その感動を共感する人が増えると嬉しいのですがどこまで伝わるでしょうか。ここでの気づきが良いコミュニケーションのキッカケとなるように祈っています。

 

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マツモト コウイチ

東洋思想研究家でありUdemy講師でもあります。開業15年超の鍼灸師です。ビジネスから教育、エンターテイメントまで多くの人の成功と挑戦を東洋思想家として見渡しています。すべての投稿に関して講義講演が可能な内容となっています。居敬窮理(振る舞いを慎み、道理をきわめて、正しい知識を身につけること)を実践していこうと思います。

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東洋思想研究家でありUdemy講師でもあります。開業15年超の鍼灸師です。ビジネスから教育、エンターテイメントまで多くの人の成功と挑戦を東洋思想家として見渡しています。すべての投稿に関して講義講演が可能な内容となっています。居敬窮理(振る舞いを慎み、道理をきわめて、正しい知識を身につけること)を実践していこうと思います。