鍼する左手 灸する右手
中堅鍼灸師のマツハリ先生と健康マニア宇宙人のキュウタロウ君のドタバタ鍼灸問答です
わかりそうでわからない、鍼灸の世界を垣間見てみましょう!
#9 鍼灸の発祥
キュウタロウ : 今日は中国での鍼灸の歴史だよね。
マツハリ先生 : それじゃね、キュウタロウ君、このメモをタイミングよく、大きな声で読みあげてください。
キュウタロウ : わかった。じゃいくよ。まずは漢の時代!
マツハリ先生 : 漢の時代。『黄帝内経』が紀元前二百年から紀元元年頃に著された東洋医学最古の医学書とされています。
キュウタロウ : おぉ、漢といえば、だいぶ古いはずだよね。
マツハリ先生 : 日本では弥生時代っていう頃だね。
キュウタロウ : 2000年以上も前だよね?そんなに古いんだ。
マツハリ先生 : いや、実は記録に残っているものがだいたいこの頃から何だよ。だから、医学はもっと古くからあったって考えていいんだよ。事実、アイスマンといってヒマラヤ山中で発見された5000年前くらい前の人体の遺体には、お灸の目印のような刺青が体中にあったらしいね。
キュウタロウ : いまの中国で発見された医学書だけでも2000年以上の歴史があるんだものね。
マツハリ先生 : 黄帝内経の素問という本によると中国の東はヘンセキという石の鍼、西は薬草、北はお灸で南は鍼による治療をしていたそうな。中国の中央では導引アンキョウと言ってマッサージのような治療がさかんだったようだね。
キュウタロウ : いろいろな治療法がその地域ごとに発達していたんだね。
マツハリ先生 : ちなみに、この頃の医学書というものは、竹や木の短冊を糸で巻物状にした竹簡や木簡と呼ばれるものであり、紙に書かれたものじゃなかったんだよ。竹簡や木簡に書かれた医学書は、金銀財宝と同じくらい大切なものという考えから偉い人のお墓の埋葬品とされたんだ。そのため現代でも遺跡の発掘と同時に出土する可能性があるんだ。
キュウタロウ : 次、読むね。魏晋南北朝の時代!
マツハリ先生 : 魏晋南北朝の時代。中国が異国文化と著しく接触した時代だね。仏教を中心とするインド文化の影響をうけ、医学の面でもアーユルヴェーダというインド伝統医学の影響を受けました。
キュウタロウ : 日本が中国から学んだように、中国もインドや近隣諸国に学んだ時期があったんだね。
マツハリ先生 : そうだよ。またこの頃、道教が広まり不老長寿に関連して錬金術が発達し、医学に関してもさまざまな思想的影響を受けだんだよ。
キュウタロウ : 道教ってどういうの?
マツハリ先生 : 古代中国は仏教、道教、儒教の三つが思想的根底にあると考えていいと思うよ。その中でも神仙思想といって、不老長寿、つまり長生きしたり、仙人のように霞を食べて生きていけるようになる方法があると考えたのが道教だね。
キュウタロウ : 今でもあるの?
マツハリ先生 : うん。今でも台湾や東南アジアの華僑、華人の中では根強く信仰されているんだ。ちなみに、建物でも屋根の先が上に反っているものが道教のお寺、普通のお家みたいな建物が仏教のお寺って言えば、見分けがつくんじゃないかな。
キュウタロウ : なんか、勉強になるな。じゃ次読み上げまーす。随、唐の時代!
マツハリ先生 : 隋唐の時代。隋、唐の時代は遣隋使、遣唐使という単語が思い浮かぶように日本が中国に学んだ時期でもあります。
この時代に著された医学書は長い年月によって失われてしまいましたが、幸いわが国の丹波頼康が著した『医心方』に多くの医古文が引用されており当時の一般的医学の傾向を知ることができます。
キュウタロウ : すごいね、日本って物持ちがいいっ。
マツハリ先生 : 正倉院って国宝を聞いたことあるでしょ?そこで大切に保管されていたんだよ。医心方を書いた丹波さんもすごいけど、それをずっとずっと保管してきた正倉院の技術もすごいよね。
キュウタロウ : 次行くね。宋の時代!
マツハリ先生 : 宋の時代。宋王室は、この時代に重要な多くの古典を校訂させました。私たちが中国古典に接することができるのもこの宋王室の遺業なんだよ。
キュウタロウ : 校訂って何?
マツハリ先生 : 校訂っていうのは、同じ本なんだけどちょっとずつ内容が違う場合があって、これを照合したり言葉がおかしくないか検討して、よりよい形に訂正することだよ。例えば、昔は「大」という文字に「、」で汚れたら「太」になっちゃうでしょ。それならまだいいけど「犬」になる場合もあるんだよ。そこで、ここは「大」であって「犬」じゃ意味がおかしいよねって訂正していくんだよ。
キュウタロウ : 大変な作業なんだろうね。
マツハリ先生 : そうだね。でも、それくらい大切なことなんだよ。だから、私たちもその苦労に感謝しなきゃね。
キュウタロウ : 続いて金、元の時代!
マツハリ先生 : 金元の時代。北方の異民族は宋の北側を支配し、金を建国します。蒙古民族が金を滅ぼし元を建国します。この金、元という異民族に支配されている頃に医学の面では初めての革新が起きて中国医学に流派が誕生しました。
キュウタロウ : 日本じゃ考えられないけど、支配する民族が変わっちゃったのか。そして流派の誕生。すごい変化だね。
マツハリ先生 : この頃を、あえて金元医学と呼び、それぞれの思想面での代表的な人物が四人いることから彼らを金元四大家と呼んだんだよ。
キュウタロウ : なんかカッコいいね。
マツハリ先生 : この四人については、日本への影響もあるし、私には今でも大きなヒントを与えてくれると思っているよ。機会があれば、この四人ひとりひとりに説明できたらいいなって思っているからね。
キュウタロウ : それじゃ次でーす。明、清の時代!
マツハリ先生 : 明清の時代。金元に続く明、清の時代には余り大きな変化は見られませんでした。
キュウタロウ : 余り変化ないのか。
マツハリ先生 : 大筋は金元医学の延長であり中華民国の時代にも引き継がれていくんだよ。まぁ考え方にもよるけど、それほど金元医学の変化が革新的だったのかもしれないね。
キュウタロウ : それがこの中華民国の時代!
マツハリ先生 : 十九世紀頃からは西洋医学の影響もかなり強く受けたんだよ。
キュウタロウ : それから、それから中国の時代!
マツハリ先生 : 中華人民共和国の時代。中国共産党の支配により西洋医学と中国医学を同列に並べて中西合作という旗印のもとに研究が進められているんだよ。
キュウタロウ : 中西合作ってはじめて聞くね。
マツハリ先生 : 政治的に良いか悪いかという話はここではしないけど、中国共産党が西洋医学と東洋医学、中国は自国の医学を中医学って呼ぶけど、この両方でさらなる成果をあげようっていう目標があるらしいんだ。
キュウタロウ : それが実現したらすごいね。
マツハリ先生 : そうだね。ただ現実的には西洋医学の医者の養成には多額の費用が必要となるために、その補完的な位置づけとして無医村をなくすべく鍼灸師や気功師などを育成しているらしいんだけどね。このあたりは本音と建前というか、デリケートな話だから事実の追求は難しいね。
キュウタロウ : 何千年っていう歴史をこんな短時間で聞いたから、復習しないといけないな。
マツハリ先生 : そうだね。日本の歴史を話す前に、もう一度、確認しておいてね。
第9話を終えて
鍼灸は、ひとりが「やってみて効いた」という単なる技術ではなくて、長い歴史そして多くの人によって受け継がれたものです。それを「宝」とも「文化遺産」とも言う人もいます。
しかしながら、現状は歴史的な経緯を学ぼうともせず、治療効果の有無や難病に対処する手段として注目されるばかりです。決して病気に対する有効性を示すことは間違いではありません。私はそれと同じくらい鍼灸師は古人を労い、感謝する意味で歴史的な流れをしっかりと学ぶ必要があると思っています。
ある人は言いました「鍼は効きすぎるから間違える」。
鍼はしっかりと理論があり、それに沿った方針で心身を診ていけば快方に向かうことが多いです。
しかしながら、適当にやった場合でも、なんらかの変化があり、体力がある人はそのまま何事もなかったかのように回復してしまいます。つまり「鍼は効きすぎる」というのです。
適当な鍼灸が単なる刺激治療と思われ、あらぬ批判を受けることもあります。
多くの人に古典の解釈や実践を求めるのは酷なことかもしれませんが、少なくとも鍼灸師が安易な刺激治療だけだと思うことのないように治療テクニックだけではない専門家教育の一層の充実を願うばかりです。
マツモト コウイチ
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