今回は主に治療家(鍼灸師)向けの書籍をご紹介します。初回にふさわしく鍼灸師には絶対に読んでほしいものです。座右においてことあるごとに読み返してほしいと思います。
『医学の哲学』
★★★★★(5/5) 鍼灸師向け:医療に携わる者は必須。常に再読することを推奨。
★★★☆☆(3/5) 一般向け:知的好奇心旺盛の方にぜひ。
『医学の哲学』
医療人必携であり必読の書
著者、澤瀉久敬(おもだかひさゆき)氏はフランス哲学者であり大阪大学名誉教授でした。
『「いき」の構造』の著者、九鬼周造(くきしゅうぞう:哲学者)氏に学び、またベルクソンを学び哲学と医学を結びつけ独自の学問領域を開拓したといいます。
1960年「医学概論」で大阪大学より医学博士となりました。著書には本稿で紹介する『医学の哲学増補』のほかに『医学概論 第1部科学について』などがあります。
画像にリンクがありますが、誠信書房ではオンデマンド印刷で出版されています。テクノロジーに本当に感謝ですね。
私が鍼灸師に1冊の本を紹介せよ、と言われたら治療法でも古典でもなくまずは澤瀉先生の本を勧めます。(もちろん1冊だけ勧めるなんて酷なことはできませんけどね)
接点
もともと哲学方面からベルクソンは大きな意味があり東洋思想を理解するうえでも東西の哲学を知る必要を実感していました。
さらに経絡治療を作り日本における古典鍼灸の再興の礎となった人物のひとりである井上恵理先生の講義(私はLIVEで拝聴しておらず、もちろん録音テープ)で紹介されていたのも澤瀉先生の著書だったのです。
西洋医学を見渡すうえで
もともとは哲学者が医者に向けて講義する「医学概論」とは何か?からのスタートですが、鍼灸師の私が本書によって感涙する点はなによりも漢方医学として40ページ以上もの文章を割いていただいている点です。
漢方医学の本質ということを客観的に述べ、その違いや有用性を丁寧に中立に説明してくれているように思うのです。
中立という言い方は本当のところはどうかわかりませんが、澤瀉先生は漢方医学の弁護をしっかりとしてくれているのです。
だからこそ、その弁護に見合うレベルでいることが鍼灸師にも求められるべきで、ただ単に鍼灸師が呑気に「治った」「効いた」「鍼灸スゴイ」ではいけないのです。このレベルでいることに恥ずかしさを感じるほど切々と漢方医学を理解し弁護してくれているのです。このような澤瀉先生とまではいきませんが、西洋医学と東洋医学の差異を論じられることが鍼灸業界や鍼灸師に浸透してこそ、社会的な意義をもう一段レベルを上げられるものだと思うのです。
西洋医学はその医療のためにまず、医学的認識を重んずる。換言すれば西洋医学は医療の実践よりも前に病気の理論を重視するのである。そして、その態度自体はまったく正しいことであるが、その結果、たとえば患者の病気は正しく診断したが治療法はないというようなことも起こりうるのである。
鍼灸師にとって、しっかりした認識を与えてくれます。ただ単に現代医学批判ではなく、論理的に医療とはなにか、医学とは何かと問う姿勢は鍼灸師(鍼灸学校)では思いもよらない大切な根源だと思うのです。
ところが、漢方の場合には、病気を診断するとは、その患者の病気はどうすれば治しうるかという方法を発見することなのである。
鍼灸師にとっては当たり前の考え方も相手に伝えようとすると支離滅裂となりやすいもの。澤瀉先生は実に淡々と説かれています。鍼灸師が全員このレベルの半分でも到達すれば世の中がもっとよくなると思うのです。
特徴をズバリ
(略)すなわち、その第一の意味とは、局所的疾患においても全身的診察が必要とされていること、たとえば目や耳の病気においても、脈の具合や、腹の調子や、便通のいかんが詳細に観察される。次に第二の意味とは、局所の診察は、単にその局所の病状をしらべるのではなく、局部において全身的異常を診察するということである。特に腹診、脈診、舌診の意義はここにある。
鍼灸師としては当たり前に語られることなのですが、この当たり前のこともできていない(する必要がないと考える)鍼灸師が数多くいるのも事実です。つまり、資格は持っていても東洋医学としての方法論を持ち合わせていない鍼灸師がいるのです。
治療法の取捨選択・好き嫌いの前に、このように東洋医学(漢方医学・鍼灸)とは何か?に触れていれば、必ず身につけるべきことはハッキリするわけです。
ここでも残念ながら国家試験に関係ないということで鍼灸学校で語られることが少ないのが現状でしょう。
これは開業後に大きな禍根を残すのですが、そこでの無知・失敗・挫折は個人の能力(開業に向いていない・技術不足・学術不足など)として処理されがちです。澤瀉先生のように思索の時間が取れないということが大きな影響しているでしょう。つまり私が思うに鍼灸師が迷い悩むのは根本的に哲学不足のためだと思うのですがいかがでしょうか。
さいごに
今回は本の紹介です。内容について言及するというよりは資料・知識として鍼灸師が備えておいたほうが良いという意味でお勧めしているものです。ベルクソンがどうの、健康とは何か、医学とは何かという本書にあるようなことは本当に大切なことですが、その内容はぜひ本書でお確かめください。
私にとって影響が大きい1冊であることは間違いありません。
基本的に澤瀉先生の著書で手に入るものはすべて手に入れておいて間違いないです。むしろ、資料として同じ本でもいくつあっても良いくらいです。
そして時を見ての何度も読み返し、深く考える時間を持つべきです。
機会があれば鍼灸師どうしで議論しても良いでしょう。
学校の授業でも必須というレベルです。もし、私が勉強会を主宰したら必読の教科書のひとつにします。それくらい強い思いと著者への感謝の気持ちがあります。
ぜひ鍼灸師としてのレベルをあげるために読んでみてください。
マツモト コウイチ
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